遠い昔、アエロフロートの旅に挑戦してみた

今でこそ開かれたロシアとなった国ですが、その昔の社会主義国ソビエト時代にソビエトの航空会社アエロフロートを使ってヨーロッパに行く計画を立てた事がありました。
 なぜ、アエロフロートを選んだかというと、一番には航空運賃が安かった事です。そして、モスクワ空港でのトランジットがあったので、ソビエトという国を少しだけでものぞく事が出来るだろうと思った事、そして、トランジットの際には空港売店でキャビアを買おうと思った事が大きな理由なのです。
 アエロフロートはヨーロッパまでの往復運賃が他の有名な欧州の航空会社に比べると10万近くは違ったと記憶しています。でも、イタリアのアリタリア航空との提携運行でしたので、モスクワから乗り換える航空機はアリタリア看板のものになります。そんな事から、モスクワまでの辛抱ということだったのです。しかも国際線にも関わらず手狭な機内でしかもプロペラ機だったのでエンジンの音からの不安がありました。
 願わくば、モスクワ空港の外に出てみたい気持ちがありました。選ぶ飛行機のスケジュールによってはモスクワ空港の外のホテルで一泊しなくてはいけない便もあったのですが、残念な事に私たちの日程で選んだ飛行機はモスクワ空港に数時間の乗り換え時間を必要としただけでアリタリアへ搭乗できたのです。
 成田では他の飛行機への搭乗と何ら変わらぬチェクイン方法でしたが、1つ、私たちの失敗で缶切りや爪切りの機能がついたビクトリノックスのナイフセットを手荷物に入れてしまっていたため、入り口の乗務員に預ける事になってしまったのです。
 その事について、先に結果を話してしまうと、ビクトリノックスは私たちの手元には戻って来ませんでした。きっと、その時代のソビエトの人たちにとっては外貨のようなありがたいものだったに違いありません。モスクワ空港で返却を求めても、知らぬ存ぜぬでしたし、旅行日程を終えた後にアエロフロートへ問い合わせたところで何も返って来ませんでした。